ポール・ギャリコ著「ほんものの魔法使」|あらすじと感想

ポール・ギャリコ著「ほんものの魔法使」|あらすじと感想

最近は図書館で本を借りて読むことが増えた。宝塚で舞台化するポール・ギャリコの「ほんものの魔法使」を読んでいたく感激したので、ぜひ紹介したい。長いです。

ポール・ギャリコの一番有名な著書は映画化された「ポセイドン・アドベンチャー」で、そのほかにも多くの作品を残していますが「ほんものの魔法使」は絶版で図書館にしかありません(中古を変な値段で買うことなかれ)

あらすじ

世界じゅうの魔術師が集まる町マジェイアに、ある日犬を連れた旅人が現れた。アダムと名乗り、町で出会った少女を助手に、魔術師名匠組合加入のため選考会に参加する。事前審査は見事にクリア。しかし彼のマジックのネタが、分からない。みんな不安になってくる。彼はまさか…?不穏な空気の中、本選が始まる。ほんものの魔法とは何か。ユーモラスで愛に満ちたファンタジー。

筑摩書房HPあらすじより

貧相な服を着た旅人「アダム」、その連れの犬「モプシー」、アダムの助手を務めることになる少女「ジェイン」、ジェインの父親でもあるマジェイアの市長兼、魔術師名匠組合の統領「ロベール」、魔術師の選考会で出会うダメダメなおじさん「ニニアン」が主な登場人物です。

魔術師が集まる町、マジェイアは実際には「手品師の町」。人々は「うまく騙し・騙されること」を美徳としています。そこに本物の魔法を使うアダムが来てしまったから大変。自称「魔術師」たちはアダムの秘密を暴き、自分のものにしてやろうとあの手この手でアダムを陥れようとします。

アダムの親友、犬のモプシーは何かにつけ皮肉っぽいことをいうかわいいやつ。アダムは素直で優しい男なので、魔術師たちの罠に気づかない。そこでモプシーは度々警告します。「しっぽの付け根がぴくぴくしてるぞ!」アダムにしか彼の言葉は聞こえません。

そしてジェインは魔術師志望の女の子。マジェイアで女は「きれいなお飾り」で、助手しか任せてもらえません。父親のロベールは男だというだけで(出来の悪い)兄ばかり優遇し、お前はダメだバカだと叱りつけ、ジェインが反抗すると家に閉じ込めてしまいます。すっかり自信を失くし家でしくしく泣いているとき、市街地に迷い込んだアダムと出会います。

もう一人、大事な登場人物がニニアン。彼も町の多くの人々と同じように、魔術師にあこがれているひとり。3回落ちたら永久に失格となる魔術師選考会の3回目に挑戦しようとしているところに、同じく選考を受けに来たアダムと出会います。彼の魔術は下手くそで、「落ちるに決まってる!」とぶるぶる震えていたところを、アダムに助けられます。

偶然アダムと知り合ったジェインとニニアン。彼らは次第に親しくなり、アダムは2人に大きな影響を与えることになります。

結末(ネタバレ)

物語の中盤、3人(と一匹)はピクニックに出かけます。ここからがこの物語で一番美しいセクションです。丘の上からのどかな農場を見渡し、アダムが魔法でこしらえたランチをみんなで食べる。風景描写は感覚すべてに訴えかけ、食べ物も本当においしそうに描かれます。

ジェインは心からアダムを信頼し、ここで彼に教えを請います。ニニアンはアダムを信じ切ることが出来ず、二人から離れ、寝たふりをしてしまいます。

アダムはジェインに語りかけます。世界は魔法に満ちているし、魔法は君の心にあるんだよ。

アダムは長い指で、彼女の額にそっと触れた。「何もかもこの中につまっているんだよ、ジェイン、まるで仕切りのたくさんある箱みたいにね。きみの欲しいもの望むものは、何でもこの中からとりだせる。あらゆる魔法中の魔法が納まっているんだ」

P161「魔法の農場」

マジェイアの町は社会の縮図です。女はダメ、魔法なんかない、金儲けが、権力がすべて・・・社会は様々な手をつくして、信じる人の心をくじこうとします。本当は誰もが魔法を信じたいはずなのに。そして「ほんものの魔法使」が現れても受け入れることができず、結局アダムは町から姿を消してしまいます。アダムが人々に金貨を振りまいて消えてしまうところも皮肉が効いています。無限の可能性を手に入れたジェインと違って、彼らは求めた分の金貨しか得られないのです。

ジェインはアダムを素直に受け入れ、魔法を信じる力を得ました。アダムを心のうちに宿した彼女はもう、「ほんものの魔法使」です。一方、臆病なニニアンは信じることに怯え、社会に押しつぶされ、諦めてしまいます。でも物語の最後には、ニニアンはアダムを探すための旅に出ます。「ほんものの魔法使」になるために。

感想

心温まるファンタジーでありながら、すべての人にとって大切なメッセージが込められた美しいお話だと思います。女だからと閉じ込められたジェインのつらさは、現代も少女たちをむしばんでいるでしょう。魔法にあこがれてこじれてしまったニニアンの苦しみも、いまの私たちのものと同じです。

ユーモアもメッセージも、全く古びていません。シンプルな構成で無駄がなく、非常に読みやすい。優れた作品は軽々と時代を超えていきますね。心がやさぐれて温かい気持ちになりたいのなら、ぜひこの本を手に取るべきです。なにより図書館の本って、タダで貸してくれるんですよ。すごくないですか?